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ジュエリー今昔物語

水晶加工が徐々に発展

水晶加工が伝わった江戸時代から山梨でも盛んに玉造が行われてきましたが、当時はまだ幕府の命令により水晶の採掘が禁止されていたため、大きな広がりはありませんでした。

しかし、明治維新の前になると細工物が少しずつ作られるようになっていきました。 そのきっかけは、とある少年が開国したばかりの横浜港で手に入れた海外製のガラスのオブジェだったといわれています。

きっかけは海外のガラス製のオブジェ水晶細工が始まり、広がる

水晶研磨にも長けていたその少年は、水晶に五重塔を刻み込みます。 これを見た神官たちも細工物をつくるようになり、それを甲府の商店が買い取って売るようになりました。


この記録は「甲府買物独案内」という小冊子に記録されています。 その後、明治に入ると明治政府が歓迎したこともあり、それまで禁止されていた水晶の採掘が解禁になりました。そこから、甲州水晶の採掘はとても盛んになっていきました。

掘がどんどん盛んに

特に、明治10年頃から採掘が盛んに行われるとともに、水晶業者は増えていきました。 この頃から甲州の水晶は徐々に発展していきます。